W・シヴェルブシュ『楽園・味覚・理性 嗜好品の歴史』

  本書は嗜好品そのものの歴史を扱っているのではない。本書の眼目は、むしろ、嗜好品が近代の人間に及ぼした影響のほうにある。
 
 この本では、香辛料による生活様式の洗練化にはじまり、ビールが「主食」であった酩酊の時代に、新たな飲み物として現れたノンアルコールであるコーヒー、茶、チョコレートの果たした役割や、それを嗜む形式自体が新しいタバコの登場、ビールやワインより強いアルコールをもつ火酒がなぜ作られたのか、さらに西洋社会においてはなぜか禁止されていた麻薬の及ぼす影響などが書かれている。

 一番興味深く読んだのは、やはり「コーヒーとプロテスタンティズムの倫理」かなぁ。(授業で原文を読まされた)ウェーバーの『プロテスタンティズムと資本主義の精神』を思い起こさせるような見出しだ。プロテスタンティズムは精神に影響を及ぼしたが、コーヒーは「さめ」つまり理性をもたらすことで、肉体に影響を及ぼしたといえる。そうしてコーヒーや茶も資本主義の定着に一役買ったということだ。
 上流階級と労働者階級では当然好まれる嗜好品も違っていた。上流階級においてはコーヒーや茶が好まれ、労働者たちは日々の労働や生活の苦労を忘れるためにアルコールを好んだ。そして、産業革命によって労働環境がますます悪化すると、よりアルコールの強い火酒を飲むようになっていった。
 阿片貿易なども、利益が莫大なだけでなくて、それを使わせることで独立を考えさせない効果ももっていた。

  植民地主義者にとって、阿片が自国以外で用いられるべき商品であることは自明のことであった。


 こうしてみると現代はともかく、大衆の慰みになっていたことも確かだけど、アルコールは金儲けや支配のための道具であったんだなあと思える。