ホルヘ・ルイス・ボルヘス『ボルヘス・オラル』

 晩年のボルヘスベルグラーノ大学で行なった講演録。扱われたテーマは『書物』『不死性』『エマヌエル・スウェデンボルグ』『探偵小説』『時間』の五つ。邦題は、これがボルヘスの「書いた」ものではなくて、ボルヘスの口から「語られた(オーラルな)」ものであるから、ということらしい。


 言語活動というのは創造的行為であり、一種の不死性になるものである。わたしはスペイン語を使っているが、そのわたしのうちには無数のスペイン語を用いた人々が生きている。わたしの意見、わたしの判断、そんなものはどうでもいいのだ。われわれがたえず世界の未来のため、不死性のため、われわれの不死性のために惜しまず力を尽くしてゆきさえすれば、過去の名前などはもはやどうでもいい。


 ボルヘスは、「不死性」というテーマを繰り返し扱った。もちろんここでいう不死性とは、決して個人のものではない。むしろ個としての自分を忘れることが、不死に繋がる。誰かの言葉が自分の中で生きて、自分の言葉が誰かの中で生きて、少しずつ変化しながらそれが永遠に続いていく。

  
 ひとつだけ、すなわち作者の名前だけが分からない。しかし、考えてみれば、それはどうでもいいことなのだ。九世紀の詩を読み返したときに、その詩を作った人と同じような気持ちになれさえしたらそれでいいのだ。その瞬間、九世紀の名も知れない詩人がわたしのなかに蘇るのである。




 前水、復た後水
  古今相続して流る。 
         ―『禅林句集』