W・シヴェルブシュ『鉄道旅行の歴史 十九世紀における空間と時間の工業化』

 十九世紀における蒸気機関の技術上の発達を見れば、近代の生産方法が有機的自然の枠から解放されていく過程を追うことができる。


 シヴェルブシュ祭りその二


 蒸気機関による鉄道の登場は、人々の空間と時間の感覚にどのような影響を及ぼしたか。それまでの移動は馬車が主体で、その速度は馬という生物の力を超えることはなかった。そこに蒸気力は自然の力に抗うような人工のエネルギーとして登場した。それがもたらしたのは、「伝統的な」空間と時間の抹殺だった。電車のような速い移動では、自分のいるところから目的地までの間の空間はなくなってしまう。



 「寒さにふるえ、黙りこくって、着膨れしている旅行者たちは、目にとまらない車窓の景色には、目を向けようともしない。彼らが夢見るものは、パリを離れて、空の明るい場所に到着することだけだ。」(マラルメ『旅行者の日記』)

 

 それまで五感によってなされていたような空間と時間の把握はもはや意味をなさなくなる。それらは距離とか時計の時間のような数字で把握されるようになっていく。
 やはり当時の旅人たちには電車への反発があったようだ。別に電車や自動車での移動は嫌いじゃないけど、それは「移動」であって「旅」にはならない。自転車での旅にこだわるのも、この辺りの感覚が関係しているのかもしれない。人力での旅はいいものだ。でもこれほど交通機関が定着してしまった現代では、馬車で旅をしていた時代のような自然に対する鋭い感覚はもう取り戻せないだろう。