若林幹夫『地図の想像力』

 「日本」という単語を考えるときに、無意識のうちに日本地図を思い浮かべる人は多いはずだ。しかし地図のように俯瞰するかたちで、実際に「日本」を見たことがある人は少ないだろう。それは頭の中で想像するしかない。その想像力は、地図によって規定されている。


 地図は「現実」にあるものを描きだしているように思えるが、逆に地図によって「現実」が規定される場合もある。例えば国境線は目に見えて存在するものではない。それは地図に描かれることで、「現実」に影響力を持つことになる。


 地図はその社会の人々が、世界をどのように想像しているかということのバロメーターになる。現代人にとって、近代の「正確」に測量された地図が正しく思われるのは、国民国家や資本主義というイデオロギーがあるからだ。そのような社会にとって、「客観的」で「正確」な地図が必要不可欠だからだ。


 資本や情報のグローバル化によって、国民国家という「想像の共同体」は力を弱めていると考えることができる。しかし、グローバル化のもたらす新たな共同体も、未だ「近代的」な地図によって規定された共同体を超えるものではない。それを超えるような新たな共同体が生まれるとき、新たな地図が描かれるだろう。その地図が描きだす世界は、いったいどのようなものだろうか。


  むしろ、「社会学なんて知らない」という多くの人々にも読んでもらいたいと思って書いたのである。「地図」という誰でも知っている題材を使って、「社会学すること」とはいったいどんなことで、それがどのように「おもしろい」ことなのかを多くの人々に知ってもらいたいというのが、この本における私のもう一つの狙いであった。(「あとがき」より)